こんにちは、ニックです。
今日は、論文やレポートをまとめることの意義について綴ってみたいと思います。
私は理系出身なので、大学時代は卒論・修論の他、学会の主催する年次講演会や論文集へ論文投稿などをしていました。
社会人になると、論文集へ投稿する機会はなくなったのですが、私の会社では年に1回、社内の技術報告会があり、その気になれば、そこそこの頻度で論文を書く機会がありました。
論文や技術レポートを書くことは、次のような点で役に立つと思います。
- まとめる力が磨かれる
- 伝える力が磨かれる
- 知識の整理・共有ができる
一つずつ見ていきましょう。

1.まとめる力が磨かれる
論文や発表用のプレゼン資料の作成は「まとめる力」を磨くトレーニングになります。
論文作成では、規定された枚数、文字数の中に必要な情報を過不足なく記述する必要があります。このため、論文作成は端的でまとまった文章を書く訓練にもなります。
論文作成で培われる「まとめる力」は普段の仕事でも役に立ちます。
端的にまとまった資料は一読でもスッと頭に入ります。
私は内外調整での会議では、分厚い会議資料が必要となる場合でも、A4×1枚程度にまとめた要旨で説明するよう指導されてきました。
こういった資料の作成にも、論文作成で培った「まとめる力」が役立っています。
2.伝える力が磨かれる
論文発表時のプレゼン資料の作成や練習が「伝える力」を磨くトレーニングになります。
学会発表等では概ね5分~10分で論文の概要の説明を求められます。
限られた時間で、要点を相手に伝えることは、簡単ではありません。
こちらも普段の仕事にもフィードバックされます。
論文発表のプレゼン準備では時間を計って練習したりすることもあります。つまり、「伝える力」の集中的なトレーニングの機会になると言えます。
また、プレゼン資料の作成を通じて「伝わり易いプレゼン資料の作り方」も学べます。
(最近は入社1年目でも、きれいな資料を作るので驚くことが多いです。)
3.知識の整理・共有ができる
論文作成をしていると、その過程で、理解が曖昧だったもの、整理が不十分だったもの、が洗い出されます。また、プレゼンテーションを通じて、自分が書いた論文の内容が、本当に身についているかが分かります。
アインシュタインが『6歳の子供に説明できなければ、理解したとは言えない。』といったように、正しく人に伝えようとすると、自分が理解できていない部分が浮き彫りになります。
自分の経験を論文やレポートとして残していくことは、論文としてまとめる対象をより深く理解する事にもつながります。
また、論文やレポートを通じて、自分の実績や成果を発信することができます
これにより、個人の知識が、組織や公共の知識として共有されます。
『自分の知識が誰かに共有され、その人の役に立つ。』
これはとても意義のあることだと思います。
まとめ
論文やレポートをまとめることの効果は、他にも色々とありますが、今日は3つに絞って記事にしてみました。
論文やレポートの投稿は、自分のスキルアップと知識共有により誰かの役に立てる、という素晴らしいアクションです。(記事を作成しながらそう感じました)
また、この記事を書いていて、blogも「自分の経験や知識を人にわかり易く伝え、人の役に立つ」という面では同じだと気づきました。
これまでの記事を思い起こすと、「記事の文字数は〇〇文字以上ないとダメ」等の情報を見て無駄に長い文章を書いていたように思います。
また、今までの私の書いた記事たちは、「わかり易さ」「伝わり易さ」を意識した記事にはなってなかったように思います。(ホントにいかんと思いました。申し訳ありません。。。)

画像、絵、吹き出し、など分かり易く伝えるためのツールも十分使いこなせていません。
今後は、『人にわかり易く伝えること』を強く意識して、blog記事の作成、修正をしたいと思います。すぐに読み易い記事になるかはわかりませんが、少しずつでも改善していきたいです。
なんだか、最後の部分はblogに関する決意表明のような記事になってしまいました。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
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